サイン計画は完成後の施設ではなく、建物の設計段階で行なうことが多い。どんな人が何を目的としてやってくるのか、どのような案内をすれば迷う事なく目的地へ到達できるか、周囲の環境にどのように馴染ませるか、素材は何を使うのか、変更時の対応をどうするか、等多様な切り口で検討を行ない、形に作り上げる。
近年、駅や役所などで、触地図や音声案内を見かけることが多くなった。しかし、サイン計画の中でこれらを取込むことは珍しく、その多くは「福祉設備」として、サインとは別案件として計画されている場合が多い。
1996年に東京臨海副都心(レインボータウン)シンボルプロムナードという全長4kmにおよぶ遊歩道のサイン計画を手掛けた。その際台場地区では視覚障害者対応の案内を行なうという都の方針を受けて、プロムナード全体の4箇所に触地図を設置した。設置後、知人の視覚障害者に現地を訪れてもらい、感想を聞いた。
「どこにあるかが、わからない.......」。(※バリア戦記)
サイン計画の極意は「案内が欲しくなるところに、サインを設置する」ことである。
触地図の計画はプロムナード全体計画の最後に行なわれ、植栽や照明等の着工後だったために「空いている場所」に設置するという状態であった。点字ブロックで誘導してあるが、その先に何があるか点字ブロックは示してくれない。また台場地区には音声案内装置が設置されているが、サイン計画と別々に計画されたため、音声案内の内容に「触地図があります」という周知メッセージを盛り込むのがせいいっぱいだった。
この経験を通じて、3つのことを痛感した。
この2年後、ホール・レストラン・会議室・カルチュア室等からなる、JR岐阜駅に隣接する公共施設「ぱるるプラザGIFU」(写真1)のサイン計画を担当した。延べ床面積が約一万平方メートルと比較的小規模であることや、定期または不定期で何度もやってくる来館者も多いことが予想され、係員による案内はあまり行わないとの運営サイドの方針を受け、ユニバーサルデザインの考え方で音声や触知を盛り込んだサイン計画を提案をし、受け入れられた。
次の3項目をサイン計画の要点とした。
背中がまるくなったり車いすに乗っている場合のような低い視線と立位の視線の両方を意識する(図1)。
専用機器を必要としない音声装置で全体案内をし、専用機器で室名称等の案内をする。
足裏の触覚でエントランスから最初に利用する全館案内のサインまでたどれるようにする。
各階のエレベ−タ前には、フロア案内の触図を設置する。各室名は、床から1400mmの高さに墨字のほか点字と浮出し文字で表記する。
こうして設計図書を完成させた。
この頃には視覚障害がある友人と一緒に外出する機会も増え、周りの様子をどのように知って歩くのか実感できるようになった。また視覚障害者や関係者が数多く参加しているメーリングリストに疑問をなげかけ、多くの方々から御意見を頂戴した。そのひとつが浮出し文字である。
視覚障害者の点字利用が10数パ−セントでしかないことや、そのころ訪問したアメリカでは、サインとして浮出し文字(RAISED LETTER)が使われていることを見聞し、日本語表記でもカタカナであれば、触知で判読することができるのではないかと思った。そこでメーリングリストを通じて浮出し文字にニーズはあるか尋ねるとともに、これまでどのような研究がなされているか調査を行ない、盲学校でも墨字の形を教えている事もあわせ、浮出し文字の有効性に実感を得た。そして設計図書に盛り込んだのである。
その後、浮出し文字に関しては、個人会員として参加している共用品推進機構東京会議の班活動として、99年4月から検討を始めた。途中からアドビシステムズ社においてフォント設計をしているデザイナーもメンバーに加わり、また東京女子大学において触覚で認識しやすい文字の研究をしている心理学の先生とのコンタクトを得ることができ、触っても見ても判読しやすく美しい文字のプロトタイプができあがった。
通常、建物の実際の運営が決まるのはオープン直前である。そして施工時は変更がつきものである。3年前の計画を当時の狙い通りに完成させ、さらにサイン単体が及第点をとっても、「どこにあるかわからない」とならないように周辺の事柄を整えたいと思い、クライアントにユニバーサルデザインコンサルタントという立場で工事に関れるように働きかけた。このような業務委託の前例はなく道のりは困難ではあったが、どうにかそのポジションを得ることができた。担当官から、工事関係者にユニバーサルデザインコンサルタントとして我々が参加すること、ついては横断的に各部署は連係して対応して欲しい旨が伝えられた。
いくつかの項目を紹介する。
文字サイズを大きくし、地色と高いコントラストをつけ近付いて読める表示高さにしている。(写真2)
見ても触ってもわかることを目指した。陶板製で3段の高さになっており利用者が行かれる範囲は一番高い面とし余計な場所を感知しないで済むようにした。釉薬を塗り分けて廊下は滑面、室内はザラ面と区分しエリアを認知できるようにしている。ただし、点字の判読に影響したり、非歩行エリアと誤解しない程度のザラザラである。釉薬と点字や壁の表現に使用している紫外線硬化樹脂の手触りの違いを利用し、識別のしやすさを狙った。(写真3)
大きな丸みをおびた形とマットな仕上げで触り心地を良くした。点字と浮出し文字の表示は斜めの凸部に設け、表示を見つけやすくした。床から斜めの凸部までの高さは全館統一している。(写真4)
男子は三角、女子は丸、多目的トイレは四角の形で案内図・誘導表示・室名表示各所で表すことを統一した。トイレの前では大きな色板を用い、強く表現した。(写真5)
施設案内のメッセージの他に触図やインターホン、チャイム音の場所、点字と浮出し文字の表示がある斜めの凸部やトイレ男女の記号のルール等も説明している。装置はメーカーが異なる2種があるが、同じアナウンサーを採用し表現や言葉使いも統一した。これは岐阜市が道路に設置する音声案内とも揃えている。また音量調整が容易にできるようになっている。
このほか地元の視覚障害者と意見交換する場を岐阜市福祉課を通じて設けた。実はその前から岐阜の視覚障害者の要となっている施設の歩行訓練士に、件名は明らかにできないけれどと断りながら、相談にのってもらっていた。交換会は当事者に意見を聞くことを公にする事、そしてオープン後に活用していただくことも目的であった。頂戴した御意見は可能な限り反映し、できない場合も理由とともに伝えた。
形がないものを説明することにも苦慮し工夫しながら、視覚障害の方をはじめ日本ライトハウスや日本点字図書館などの方から貴重な助言をいただいた。サイン計画の考え方の中でどのように取込み具体化していくか、「目あきの思い込み」とならないように心がけたつもりである。
ユニバーサルデザインを意識したモノつくりには、手間ひまがかかる。これを理解する事業者が増えてくるよう切に願う。オープンは12月。多くの評価を受けたいと思っている。できれば何度か利用していただいて、使い始めと慣れた時との比較のご意見もいただきたい。それら活かし、より良きモノつくりへと進んでいくための糧としたい。
萩野美有紀(はぎのみゆき) アール・イー・アイ株式会社