東京メトロ(旧・営団地下鉄)は2004年、「お客様視点」と「自立経営」を掲げて民営化しました。旅客施設向上のため案内サインシステムを一新することとなり、アール・イー・アイが設計者として指名されました。

弊社はガイドラインの制作をはじめ各駅のサイン計画やバリアフリーの対応など、今日にいたるまで継続して設計に関わっています。

私たちはプロジェクトを進めるにあたって、営団地下鉄のサインシステムが導入された1970年代からの社会の変化に注目しました。 1970年代からの社会の変化.。それは、高齢化、国際化、複雑化の3つのテーマです。これらへの対応がシステム改定の根幹となっています。

1. 高齢化

1975年の日本人の平均年齢は32.5歳、2005年の平均年齢予測は43.1歳です。この変化に、より読みやすさ向上のためには、文字サイズを大きく設定しなければなりません。サイズ、文字間隔、文字色と地色との明度コントラストなど、可読性向上のための様々な調整を行いました。

2. 国際化

2002年のサッカーワールドカップ日韓開催を期に、駅サイン類には英語に加え、中国語と韓国語を記載することが多くなりました。 地下鉄の改札名は地上との関連を理解しやすい名前になっています。そこで改札名に中国語と韓国語の翻訳を行いました。(一般的な鉄道は「北改札」など方位での名付けが多いが、地下では方向感覚が得にくいので、「明治通り方面改札」といった地名や道路、橋、周辺施設をネーミングに利用している) さらにピクトグラムの理解度を調査し、その結果をもとに中韓表記の有無を区分けしました。また、駅ナンバリングが国土交通省の後押しで積極的に採用されました。2004年のサインシステムでは、電車を降りる際の到着情報として駅ナンバリングを採用しました。ウエルカムボードもこの中で生まれました。

3. 複雑化

1970年代中頃の8路線が2004年には12路線※となりました。例えば丸ノ内線、都営浅草線、都営大江戸線の3線の路線色は非常に似通った「あか」色です。見分けにくくなったため、路線シンボルの色リングにアルファベットを加えることを提案し、採択されました。それ以外にも駅のエレベーターの案内、のりいれ先の他鉄道の案内も増えてきました。 このように案内する情報は増え、読みやすさの維持のためには文字サイズも大きくしなくてはならない、しかし地下駅では天井が低く、柱も多いためサインを掲出できる空間は限られています。機能向上のためには、情報の整理も重要です。 (※ 東京メトロと都営地下鉄の路線合計)

2008年の副都心線開業で東京メトロ全駅のサインシステムガイドラインによるサイン更新が完了しました。副都心線の池袋ー渋谷間の8駅が完成。渋谷駅を除く7駅のサイン設計を担当しました。

新駅のサイン設計時には当然駅が出来上がっていません。駅入口サインの遠方からの視認性を確認するために、路線上の明治通りを順々と歩く地上調査をしました。新駅開業に期して付近のビルも建て替え工事中。駅によって街が変わっていくのだなと、地元の期待を感じました。

副都心線では内照式サインの光源は従来の蛍光灯ではなく薄型導光板方式のLEDが採用されました。光源が変わることにより、色の見え方もかわります。特に色弱の人たちにとって、これまで区別できていた色が区別しにくくなっては機能低下です。様々な色覚タイプの協力者のもと、路線色をはじめ使用色の補正を行いました。

サインシステムのスパイラルアップです。改善し続けるための一連の行動をPDCA(Plan-計画Do-実行Check-評価Act-改善)と呼びます。

2008年の副都心線開業で更新完了した新サインシステム。東京メトロのサインが見やすくなったと好評をいただています。

駅サインは高齢者・障害者にとって見やすいものにすることが当然の設計姿勢、と世の中で認識されたことが、嬉しいことでした。

170を超える駅をひとつのルール展開で、どの駅もわかりやすくすることは難しいことです。駅には駅員手作りのご案内サインが数多く残されていました。手作りサインは駅員の細やかな心使いを感じるものではありますが、駅の景観やサインの視認性を損ねることもあります。

改善し続けスパイラルアップするため、必要な手作りサインは正規サインとして作る、不要なものは撤去する、というCHECKとACTのプロジェクトが全駅でスタートしました。

駅員さんから寄せられた現場写真と正規サイン化の要望が綴られた資料は膨大です。それを元に我々設計者も同行し、駅内を隈なく歩いてベストな改善方法を見つける作業を繰り返しました。

例えば、水天宮前駅の改札口のサイン。水天宮さんの腹帯をもらいにやってくる妊婦さんに、水天宮側の改札にはトイレがない(当時)ことをわかりやすく明示したい、という要望。駅員さんは大きなお腹でトイレ利用の頻度が高く移動も大変な妊婦さんを大変気遣っておられました。しかしサインで「無い」ことを案内することは簡単ではありません。改札まで上がってきたところで、「トイレはございません」と案内するよりは、電車を降りて、まだホームにいる時点で「水天宮側にはトイレが無い。トイレ利用は反対側の改札に向かう」ことを強調しましょうということになりました。

このように駅によって、利用者のニーズが異なり、必要が生じるサインや強調度合いが異なる、ということを改めて認識しました。駅員さんの観察の凄さ、設計者も現場利用者への想像と理解の力が必要だと強く実感するとともに、実際の見聞きが大きな知見となりました。

課題のない駅は一つもありませんでした。

大手町地区は常にビルが建て替わり、オフィス街としてだけでなく、観光スポットの顔もでてきています。

東京メトロ4路線と都営三田線とののりかえ駅で、JR東京駅にも繋がる、最ものりかえが便利な地下鉄駅にもかかわらず、のりかえが分かりにくい駅です。サインでどのように補えるか検討を重ねました。

駅の分かり難さには次のような原因があげられます。

  • 5路線のため複雑
  • 駅構内が広大
  • 数多くの地下街に連続している
  • のりかえ経路が非常に長い
  • メトロ4路線は改札内で繋がっていないため、目的路線に乗車できる改札かどうか確認が必要
  • 改札外のりかえが別事業者の管理地を経由している
  • 改札階が同一フロアではない

このような構造的な課題を、サインでどのように補うか検討を重ねました。先に述べたPDCAプロジェクトの中の最難関のものです。解決方法の1つとして、サインを際立たせること。具体的には、改札から出た利用者が見つけやすい場所にサインを集約させるとともに、光らせることによって、サインの存在感を高め、改札口の場所を遠方からもわかりやすくしました。このほか、大手町駅独自の工夫が数多くあります。

2011年の東日本震災を機に、駅の照明やサインのLED光源化がはじまりました。LED光源化はまず、方式の検討からはじめました。

これまでのサインは箱型の器具の中に直管型蛍光灯が入っているものでした。

LED光源化には次の方式が考えられます。

  • 直管型蛍光灯と同じ形状のLEDを使用する
  • 副都心線と同様な導光板方式にする
  • LEDモジュールを面状に配置する

など。

検討の結果、LEDモジュールの配置を工夫した方式を採用しました。

もう一つ重要なポイント、それはLEDの取り替え時期の設定です。蛍光灯は消えたら取り替えますが、LEDは徐々に暗くなっていくので、取り替えの目安設定が必要です。駅サインとして適当な設定値をさぐるために、弱視者、色弱者、高齢者、駅設計者らが一同に介し、実際の駅で実地検証を行いました。

LED光源サイン表示面輝度の均整度を高めた結果、弱視者からも色弱者からも見やすいと高い評価を得ました。

PDCAも一巡した2013年春、「東京メトロのサインシステムのさらなる向上」計画がスタートしました。

その年の秋には2020東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定。”向上”計画に勢いが増しました。

改定には具体的なテーマがありました。

それは「高齢者、外国人、不慣れな人、ビジネスウーマン、子育て主婦」の「不」の解消です。2004年のシステム策定時と似たテーマですが、10年間の社会変化があります。

例えば高齢者。2004年当時の高齢者像は「パソコンが使えずインターネットで情報収集は難しい」でしたが、2015年の高齢者像は「スマホの使える高齢者」です。

例えば外国人。2004年は「中国人観光客は観光バスで移動」が多かったのですが、何度も来日する個人旅行者が増えました。来日者数も国の数も大幅増加。表記言語数を増やすのではなく、徹底的に英語併記にすることで対応しました。また、駅ナンバリングは外国人だけではなく、東京の地理や地名に疎い日本人にも列車の進行方向を示す便利なので、これまで以上に目立たせることにしました。

今回の改訂では他分野の専門家へのヒアリングを多数行いました。これまでの10年間のみならず、これから先の社会変化を見据えるためです。2004年以降のサインに関する「お客様の声」も全て目を通しました。

駅空間設計者から、サイン地色の青が暗い印象があるという意見を受け、地色の白色面を大きくする、といった改良も行いました。

メトロ全駅の内照式サインのLED化と同時に、パネル式サインを含めた駅サインのリニューアルがはじまりました。

まず南北線各駅からスタートし、2020年6月虎ノ門ヒルズ駅が開業した日比谷線で完了です。駅改良工事を伴う駅は駅空間全体がリニューアルされるので、各駅の改良設計の中でサイン設計も行います。東京メトロのほぼ全駅のサインを設計しました。

東京メトロのサイン設計の場合、駅改良工事に伴う場合や新駅の場合は動線計画からはじまります。設計者がサイン設置位置と寸法を計画し、それぞれのサインの表示面レイアウトを全箇所、制作図として作図します。既存駅のサインリニューアルの場合でも、現況のサインでわかりにくい箇所はないか、現地を何度も確認して、新サイン化とともに、性能向上をはかります。さらに2010年から2012年にPDCAを行ったことから、新サインシステムにのっとった設計をするだけではなく、設計時点で現場の駅員の声を反映して設計を行うことになりました。量も質も「大」な設計業務でした。